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東京高等裁判所 昭和58年(う)684号 判決

控訴人 弁護人

被告人 丸山次郎 弁護人 鈴木隆 外一名

検察官 山崎恵美子

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人鈴木隆、同山下善久が連名で差し出した控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官市川道雄が差し出した答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意第一 (有線電気通信法二一条の解釈適用の誤りの主張)について

所論は、要するに、原判示の「マジツクホン」を日本電信電話公社の電話回線に取り付けることによつて送出を妨害される原判示応答信号は、有線電気通信法一九条にいう「信号」にすぎないものであるから、その送出を妨害した原判示の各所為は、いずれも同法による処罰の対象とはならないはずであるのに、右の応答信号が同法二条一項所定の「符号」に当たるとして、被告人の原判示所為に対し同法二一条を適用した原判決には、同法の解釈適用を誤つた違法がある、というのである。

(一)  なるほど、符号と信号とは、両者等しく線条その他の導体を利用して電磁的方式により情報を伝達する手段である点において、類似の性質を有しているにもかかわらず、有線電気通信法二一条が、符号については、有線電気通信設備に障害を与えてこれにより通信を妨害した行為を処罰の対象としているのに対して、信号については、同様の手段による妨害行為を処罰の対象から除外していることは、その明文に徴し明らかである。このように同様の手段による妨害行為を刑事上の処罰の対象とするか否かにつき、同法が符号と信号との間にかかる差異をもうけたのは、次のような理由によるものと思われる。すなわち、符号については、例えばモールス符号にみられるように、それが情報伝達の手段として、複雑で多元的な内容の情報を伝達しうる高度の機能を有するのに対して、他方、信号は銀行・警察間の非常ベル、鉄道用自動信号、あるいは踏切警報などにみられるように、情報伝達手段として果たす機能が、わずかに相手方の注意を喚起する程度の単純で、しかも限定された情報の伝達のみにとどまり、両者は情報伝達の手段として果たしうる機能の点において著しい差異があることによるものと思われる。換言すれば、それが複雑で多元的な内容の情報を伝達しうるほどの高度の機能を有するか否かによつて、符号と信号とに区別し、前者についてのみ、前記のような手段による通信の妨害行為があつた際、これを処罰することによつて刑事上の保護を与えようとするのが、同法二一条の趣旨であると解される。したがつて、所論が指摘するとおり、例えば、モールス符号のように長短二種の縦線を種々に組合わせることによつて文字に代え、これによつて意思、感情、事実が表現でき、また、情報を伝達するにあたつては、送信する場所において、モールス符号を電気信号に変換して導体に送り出し、受信する場所において電気信号をモールス符号に再現するという場合には、事柄の性質上当然に、その符号が情報伝達の手段として果たす機能は著しく高まり、これによつておのずから複雑で多元的な内容の情報を伝達することが可能となるから、これが符号に当たることはいうまでもない。しかしながら、このことから当然に、それが符号であるというためには、所論がいうようにつねに形、音、光などの組合わせによつて意思、感情、事実を表現でき、しかも、これを伝達するに際しては、その符号を一旦電気信号に変換して導体に送り出し、また、送られてきた電気信号を受信したうえ、これを符号に再現するという過程を経る場合に限られるものとは解されない。このような形、音、光などの組合わせによる表現方法が採られ、また、送受信に際して電気信号への変換や符号への再現という過程を経ることは、それが符号であることのひとつの特徴とはなりえても、必ずしもそれが符号であるための不可欠の要件であるとは解されないのである。なぜなら、かかる要件に該当しない単なる電気的信号であつても、例えば、断続電流(パルス)によつて送信する場合のように、複雑で多元的な内容の情報を伝達しうる高度の機能を有する通信手段が存在すると考えられるからである。

(二)  ところで、度数登算のために通話回路の形成されたことを報らせる応答信号が送出されてから、発信側交換機内の課金装置が作動するまでの原理並びにこれに対する原判示マジツクホンの妨害機能が、原判決の説示するとおりであることは、証人内山登の原審公判廷における供述によつて明らかなところである。すなわち、これを全体としてみた場合、そこにいわゆる度数登算システムという通話料金の登算に向けられた一連の複雑な論理回路が設けられているのである。したがつて、原判示の「マジツクホン」を電話回線に取り付ける行為によつて送出を妨害されるのは、直接には、原判示の応答信号のみであるにしても、度数登算システム全体からみれば、これによつて結局、通話料金の登算という複雑かつ多元的な情報を生み出す度数登算システムの機能のすべてを妨害することになるわけである。してみると、原判示のマジツクホンを電話回線に取り付けた場合、その電話(受信側)に他の電話(発信側)から通話の着信があつた際に、送出を妨げられる電気的信号が、果たして符号であるか、それとも信号に当たるかを判断するに際しては、マジツクホンによつて直接送出を妨害される応答信号のみにその対象を限定し、しかも応答信号の果たす機能を度数登算システムから分断して、その機能のみを検討するべきではない。なによりも、度数登算システムが全体として得る出力、すなわち、電気的信号の機能そのものに着眼しなければならない。そして現に、被告人が原判示のマジツクホンを電話回線に取りつけた目的も、応答信号の送出を妨害することによつて、度数登算システムによる通話料金の登算そのものを妨害することにあつたことは原判決挙示の諸証拠に照らして明らかなところである。このようにみてくると、度数登算システムの一部をなす課金装置が、たとえ、受信側の交換機から送出される電気的信号を受ける場所である発信側の交換機内に設置されているとしても、それもまた、度数登算システムの一環をなすものとして、その機能をも含めて原判示の行為により発出を妨害される電気的信号の機能を検討すべきは当然のことである。そして、度数登算システムの機能は、究極的には、通話時間中、すなわち通話の開始から終了まで発信側と受信側との間の距離に応じて、課金装置から発出される課金パルス(但し、電子交換機の場合は、度数メモリー)の機能に集約される。課金パルスの実質は電流の断続、いいかえれば、「断」と「続」との組合わせによつて表現される電気的信号の一種であるが、通話時間と距離とに比例して登算される通話料金を示す数値が、この課金パルスによつて表現されるのである。してみると、この課金パルスもまた、複雑で多元的な内容の情報を伝達しうる機能をもつものといわなければならない。したがつて、原判示の応答信号の送出を妨害することは、とりもなおさず、課金パルスの発出を妨害することにほかならないから、右の応答信号も有線電気通信法二条一項にいう「符号」に当たるというべきである。それゆえ、これによる通信を原判示の方法によつて妨害した被告人の同判示行為に対し、同法二一条を適用した原判決は正当であつて、所論のような同法の解釈適用の誤りはなく、論旨は理由がない。

控訴趣意第二(刑法二三三条の解釈適用の誤りの主張)について

刑法二三三条所定の偽計業務妨害罪は、偽計を用いて人の業務を妨害した場合に成立する罪であるから、たとえ、本件「マジツクホン」を原判示のように設備、使用する行為が、その性質上、所論のように有償で提供されている役務を無償で取得する行為、ないしは、自動機器の不正利用として、財産罪に近似した一面を有するとしても、そのことから当然に偽計業務妨害罪の成立を否定する事由とはならない。そして、原判示の行為が偽計業務妨害罪を構成するものと解すべきことは、原判決の説示するとおりであつて、これを正当として是認することができる。それゆえ、原判決には所論のような刑法二三三条の解釈適用の誤りはなく、論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 寺澤榮 裁判官 片岡聰 裁判官 荒木勝己)

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